当たり前ほど、止まると困る

防災・備え

9月10日は「下水道の日」。

普段、下水道のことなんてほとんど考えない。

トイレの水を流す。

お風呂に入る。

洗濯をする。

台所で水を使う。

使った水は、当たり前のように流れていく。

でも、もし下水道が止まってしまったらどうなるんだろう。

トイレも使えない。

お風呂の水も流せない。

生活は一気に大変になる。

考えてみれば、世の中には普段まったく意識していないものがたくさんある。

電気。

水道。

ガス。

そして下水道。

蛇口をひねれば水が出る。

スイッチを押せば電気がつく。

トイレのレバーを押せば、水が流れる。

あまりにも当たり前すぎて、普段はありがたみなんて考えない。

でも、災害や故障で止まった時になって初めて、

「これは大変だ!」

となる(笑)。

当たり前に使えるということは、実はたくさんの人たちの仕事や設備によって支えられている。

見えないところで働いている人がいる。

見えないところに設備がある。

だから、今日も普通に生活できているんだろう。

人間もそうかもしれない。

毎日元気に歩ける。

ご飯を食べられる。

眠れる。

そんなことも、ずっと当たり前だと思っている。

しかし、体のどこかが悪くなれば、健康でいることがどれだけありがたいか分かる。

当たり前というのは、なくなってから初めて気がつくものなのかもしれない。

今日は下水道の日。

普段はマンホールなんて、ほとんど見もしないアラカンマンだが(笑)、今日は少しだけ足元を見てみようと思う。

電気も、水道も、下水道も。

そして自分の健康も。

当たり前に使えること。

当たり前に暮らせること。

それが一番ありがたいことなのかもしれない。

今日も水が流れる。

トイレも使える。

そして、アラカンマンも今日のところは元気である(笑)。👴