今日は何の日だろう。
昭和20年、1945年9月2日。
東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号の上で、日本は正式に降伏文書へ調印した日だ。
8月15日の玉音放送で、
多くの日本人にとって戦争は終わった。
しかし、
正式な降伏文書への調印は、
9月2日。
東京湾のミズーリ号の甲板だった。
あの日を境に、
日本は本当に、
大きく変わっていくことになった。
俺は戦争を知らない
俺は昭和41年生まれ。
当然ながら、
戦争は知らない。
戦争の話は、
親父やおふくろの世代の話だった。
俺たちにとって戦争といえば、
学校で習う歴史。
テレビドラマ。
映画。
そして――。
戦争ごっこ。
昔は普通にやっていた。
今なら、
「ちょっと待ってください!」
なんて言われるかもしれない。
しかし俺たちの子供の頃は、
棒を持てば鉄砲。
段ボールがあれば盾。
広場があれば戦場。
「バン! バン!」
「うわー、やられた!」
そして、
なぜか一度死んだはずなのに、
すぐ復活する。
「お前、死んだだろ!」
「いや、まだ生きてる!」
子供の戦争は、
ルールがめちゃくちゃだった(笑)。
東京下町の、あの頃の匂い
俺が幼い頃に住んでいた、
東京の下町。
今の子供たちに、
あの頃の風景を説明しても、
たぶん、
なかなか想像できないと思う。
まず、
匂いが違った。
コールタールの匂い。
土の匂い。
畑の匂い。
そして――。
肥溜め。
今の若い人に、
「肥溜めって知ってる?」
と聞いたら、
「何ですか、それ?」
となるかもしれない。
いやいや。
昔は、
それが普通にあったんだ。
水洗トイレ?
そんなもの、
どこの家にもあるわけじゃない。
トイレには、
今とは違う、
昭和の現実があった。
そして、
ある日やって来る。
バキュームカー。
「おーい、来たぞ!」
……とは誰も言わないが(笑)。
汲み取り作業。
これも、
当たり前の風景だった。
今のように、
ボタンを押せば、
ジャーッ!
なんて便利な時代ではない。
俺たちは、
そういう時代を見てきた。
ドラえもんやハットリくんの広場が、本当にあった
そして、
俺たちの遊び場。
ドラえもんや、
忍者ハットリくんに出てきそうな、
あの空き地。
土の広場。
雑草。
そして、
なぜか置いてある。
コンクリートドラム缶。
あれ、
何のために置いてあったんだろうな(笑)。
でも、
子供にとっては関係ない。
ドラム缶があれば、
登る。
中をのぞく。
隠れる。
そして、
戦争ごっこ。
空き地ひとつで、
一日遊べた。
今だったら、
「危険です!」
「立入禁止です!」
「ここは私有地です!」
で終わりそうだが、
昔は、
子供のほうが先に空き地を発見していた。
怪我したら自己責任だ。
訴えたりなんかしないで
逆に謝る方だった。
そして、
ふと思う。
あの頃から、
日本は本当に変わった。
道路が整備された。
水道が普及した。
下水道が整備された。
電気が当たり前になった。
ガスも使える。
トイレに入れば、
水が流れる。
スマホを充電して、
ボタン一つで、
世界中のニュースまで見られる。
俺が子供の頃、
肥溜めの近くで、
ドラム缶を見ながら、
戦争ごっこをしていた少年に、
「将来、お前は小さな電話で世界中と話せるぞ」
と言っても、
絶対に信じなかっただろう。
蛇口から水が出る。
電気がつく。
トイレが流れる。
道路がある。
救急車が来る。
水道管が地下を走り、
下水が処理され、
電線や通信網が全国につながっている。
俺たちは、
それを、
あまりにも当たり前だと思っている。
でも、
考えてみれば、
これ全部、
誰かが作ってきたものなんだ。
戦争で多くの命が失われた。
そして戦後、
焼け野原から、
もう一度、
この国を作り直してきた人たちがいた。
だから、
「戦争で亡くなったご先祖様のおかげで、今の水洗トイレがある」
と単純に言うことはできない。
でも、
戦争で命を失った人たちがいたことを忘れず、
その後を生き残った人たちが、
「もう一度、日本を立て直そう」
と頑張ってきた。
その積み重ねの上に、
今の俺たちの生活があるんじゃないかと思う。
俺が子供の頃、
バキュームカーが来るのは普通だった。
水洗トイレが、
当たり前じゃなかった。
畑があった。
空き地があった。
肥溜めがあった。
コールタールの匂いがした。
そして、
ドラム缶の置いてある広場で、
「バン! バン!」
と戦争ごっこをしていた。
それから何十年。
気がつけば、
俺は還暦。
今では、
蛇口から水が出て、
トイレは水洗。
スマホを片手に、
世界のニュースを見ながら、
「昔は肥溜めがあったんだぞ!」
なんて話をしている。
……。
若い人から見たら、
完全に、
昔話を始めた親父である(笑)。
🇯🇵 今日のアラカンマンのひとこと
「俺たちは、戦争を知らない世代だ。
でも、戦争の後に作られた日本の中で育ってきた世代なのかもしれない。」
9月2日。
戦争が正式に終わった日。
そして、
そこから日本は、
少しずつ、
本当に少しずつ、
今の暮らしへ向かって歩き始めた。
水洗トイレ。
水道。
道路。
電気。
そして、
今ではスマホ。
あの頃、
ドラム缶の陰に隠れて、
戦争ごっこをしていた少年は、
まさか自分が60歳になって、
スマホに向かって、
「今日は何の日?」
なんて聞くとは、
夢にも思わなかっただろう。
戦争を知らない。
でも、
忘れてはいけない。
そして、
今ある当たり前にも、
少しだけ感謝してみよう。
さて。
今日も水洗トイレに入り、
綺麗な水で手を洗い、
スマホを充電する。
そして俺は、
ふと思う。
「あの頃のバキュームカーのおじさんたち、本当に大変だったなぁ……」
アラカンマン、
今日も平和な日本で、
昔を思い出しております。
🇯🇵

最近のコメント
コメントなし